《No. 45》現代建築の現場を二つの新しい視点から

 日本の建築が世界的に高い評価を得ているのは、今に始まったことではありません。今年のプリツカー賞を妹島・西沢コンビのSAANAが受賞したことは、アメリカでも大きく報道されました。しかもここワシントンは、人間が計画して作ったいわば観光都市だけに、建築への関心も高い街といえるでしょう。


 アメリカ建築家協会(AIA)のDCチャプターでは、当地の特色でもある大使館街を活かして、去る9月に建築月間を開催しました。「アジアでは日本だけですが、参加しませんか」、と声がかかったのはまだ去年のことでした。大使館敷地内には、純和風の庭に囲まれたお茶室「一白亭」に、戦前に建てられたネオジョージア様式の旧公邸という、建築的な財産を保有しています。一般公開するたびに、見学希望のアメリカ人で長蛇の列ができ、結局全員を入れることができずに毎回申し訳ない思いをしているので、今回の建築月間には早々参加を決めました。


 これには、オーストリア、スペイン、ドイツ(ゲーテ・インスティトゥート)、スウェーデン、スイス、フランス、メキシコ、イタリアなどの大使館に加え、国立建築美術館も参加しました。9月10日から30日まで、「建築家は世界をどうとらえているのか見てみよう」というテーマのもと、各種イベントが各国大使館を会場として開催されたのです。期間中30件以上のイベント、1500人の建築関係者をはじめ一般の方々が参加したようです。

http://www.aiadc.com/home.asp

 われわれ日本大使館では、9月23・24日の両日に2件企画しました。まず23日は、大使館敷地内の旧公邸とお茶室の一般公開にあわせ、夜は専門家による講演会。AIAの全世界版ともいえるのでしょうか、UIA(国際建築家連合)の2011年の東京大会の運営部会委員長を務める、安井建築設計事務所社長の佐野吉彦さんとは、5年前に東京で知り合ったのですが、仕事の関係で米国に出張に見える機会があればとお誘いしたところ、ご快諾くださいました。


 佐野さんは、サントリーホールや新しい羽田空港ターミナルの設計をされた建築家です。そして今回選ばれたテーマが、「日本の現代宗教建築比較」。まるで予想もしていなかった視点でした。旧公邸内大サロンの70席は、あっという間に予約で満杯になりました。佐野さんの講演は、台地にある氷川神社・日枝神社と海に面する住吉神社、世界遺産の京都西本願寺に独特の意匠の築地本願寺、徳川家の上野寛永寺に庶民的な浅草寺、目白の東京カテドラルにお茶の水のニコライ堂、さらには麻布台の霊友会会館など、次から次への展開されるユニークな対比と、佐野さんのユーモラスなお人柄による話術で、あっという間の1時間が終了しました。

http://www.yasui-archi.co.jp/yasui/20100929.html


 翌日9月24日は、場所を代えて広報文化センターの講堂でのイベントとしました。講演者は鈴木弘之さん。ファッションデザイナー・コシノジュンコさんのご主人さまですが、写真家として、最近は都市景観、なかでも高層建築や高速道路の工事現場の白黒の作品を多く撮影されています。


 3年前に当地のケネディセンターで開催された日本文化の祭典JAPAN!で、華麗なファッションショーを開いたコシノ・ジュンコさんと一緒に来られたご縁があります。同センターの地下駐車場に大きなパネル仕立てで、3年後の今でもまだ鈴木さんの作品は残っています。
 

 夏休みに一時東京に里帰りをしたときに、私は青山骨董通りの事務所を訪ねて、ワシントンでお見せくださる作品について、相談をしました。そのときに、鈴木さんがデモで作っておいてくれた映画「ターミネーター」の音楽付きのスライドーショーが、シャープでとてもよかったので、そのまま上映してもらうことにしました。初台の首都高の巨大な橋げた、新宿駅の地下深くでの地下鉄工事、東京駅から北部に延びる在来新幹線の線路上に加わる線路、そして羽田空港の新しい滑走路――東京生まれの私が知らない風景が、そこにはありました。名づけてTokyo Under Construction。



 さて講演会当日、クールな風貌で、シャープな映像をわが広報文化センターの会場で満席のアメリカ人たちに見せてくれた鈴木さんです。が、しかしそのメッセージの奥にあるのは、私の予想を超えて、工事現場を実際に目のあたりにすることによって共感できる、土木技術に従事する人たちへの温かい応援でした。「安全第一」をモットーに、狭い国土のなかで完璧な仕事を期する日本人の誇り――そんな気持ちを共有する、前日の講演者の佐野さんも加わって、鈴木さんの講演会終了後は、参加者のアメリカ人たちと、ロビーでいつまでも談笑が続いていました。


 時あたかも、東京羽田国際空港ターミナルがオープンすると聞きました。図らずも、お二人の講演者の印縁がここでつながっていたのも、なにか日本の新たな国際化の象徴のような気がしてなりませんでした。