《No. 49》 ベストセラーUnbrokenを読んで考える日本人の回復力と義侠心

 まさに忘れた頃にやってくる…。帰国して6週目にして、千年に一度の大地震・津波が日本列島を襲いました。被災者とご関係の方々のご心痛、そして気が遠くなるような復興への道筋を考えると、言葉が出ません。短期的な視点での日再建は 不可能だと思います。日本全体で、海外からも評価を受けた日本人の回復力の強さ(resilience)を発揮していきたいものと、切に願っています。


 そのResilience関連で一つ。ワシントン勤務時代にはできなかったことで、東京でこそできることで、楽しみにしていたことがあります。その一つが、出勤のときの電車内での読書です。帰国前にアマゾン・キンドルで購入しておいたうちの一冊、Unbroken: A World War II Story of Survival, Resilience and Redemptionを先日ようやく 読み終わりました。単行本として購入すれば、500ページ弱になる分厚いものです。



 「ニューヨーク・タイムズ」紙のベストセラー入りして16週目、途中で第2位になったものの、再度第1位になって3週目の記録を更新しています。


http://www.nytimes.com/best-sellers-books/2011-03-20/hardcover-nonfiction/list.html


 これは、第2次世界大戦中に太平洋上に機器の故障で不時着し、47日間漂流したあげく日本軍に捕虜となった米空軍兵士ルイス・ザンペリーニが、いかに日本の収容所で人権上酷い扱いを受け続けたかということが本書の中盤まで描かれています。南太平洋の島から大森、直江津と収容所も転々として、サディスティックでなぜかこのルイスには異常なまでに残虐にあたりちらすワタナベ伍長が登場します。


 太平洋上を簡素な脱出用ボートで漂流し、カモメを捕まえて飢えをしのぐサバイバルの47日間も克明に描かれているのですが、とにかくこの収容所に入ってからの描写が凄まじいのです。誰が読んでも、このワタナベ伍長のことは、人間にあるまじき冷血に描かれています。
 

 主人公のルイスは、陸上中距離の選手としてベルリン・オリンピックにも出場し、メダルこそ逃がしたものの見事なラストスパートを発揮して、ときのヒットラーの関心を得たという人物です。そのルイスの、戦中・戦後を通しての生き残りをかけての戦い、そして不屈の回復力の強さを発揮しての半生、そして宗教心を得てからの復活、そして自分の復讐心に対する赦しの過程が描かれています。現在90歳を越えてなおも健在であること、また長野オリンピックのときには聖火ランナーとして走ったこと、また戦後、ワタナベ伍長が戦犯となりながらも逃亡したまま事業も成功し、老後は豪華なマンションに住み、TV局のインタビューまで受けている場面が描かれています。(ただしわたしは不勉強で、このA級戦犯のなかに、収監されることもなかったワタナベなる人物が実存したのか、まだ調べていません)。


 本書の筆者ローラ・ヒルンブランドさんは、これまたベストセラーで映画化もされた競走馬の物語「シービスケット」の筆者であり、ワシントン在住です。20年以上患っている極度の疲労感に襲われる病気で、外出することもままならないために、自宅にこもったまま、メールや電話を駆使しながら、また多くの支援を得て執筆を完成させたといいます。主人公ルイスへのインタビューだけでも75回、執筆途中でできた外出は、近くのスターバックス・コーヒー店までご主人が運転する車で行ったものの、結局外にも出られず車内で待っていたという具合だったとか。


 筆者のローラ・ヒルンブランド
 


 彼女の筆致はしかし、主人公のルイスはもちろん、ワタナベ伍長も含めたあらゆる登場人物の、当人の気持ちに引き寄せた書きぶりで、臨場感をもって読み進められるところに魅力があります。また、飛行機操縦の技術に至るまで行き届いたリサーチぶりで、また細かい数字を引用した後付もあり、映画を観るかのようにリアルに場面を想像できるため、ぐいぐいと引き込まれて読む進んでいきます。


 驚いたのは、本書キンドル版の後半四分の一がすべて脚注であることです。これも手繰っていくと、私自身かつて関わっていた雑誌『外交フォーラム』(日本語版)からの引用も数箇所あったり、ワシントンDCで知り合いのスミソニアンの職員の名前が出てきたりしたことです。


 今後、どれだけNYタイムズ紙でのベストセラー第一位を更新していくかわかりませんが、日本の出版社がこの翻訳本を出すかどうか、注目していきたいと思います。
 

 なお、これもまた日本で生活している恩恵ですが、友人の編集者からもらった新潮社の「波」を本を読んでいたら、山折哲雄さん執筆による「長谷川伸と日本人 第14回 『捕虜』への眼差しのちがい」が目に入りました。日露戦争の話で、それこそ『坂の上の雲』の時代ですが、『日本捕虜志』には、立派な日本人が描かれています。捕虜となったロシア将校をして、「日本人はどうしてかくまで義侠なのか」と言わしめた日本人の資質、こういう困難のときだからこそ、もう一度思い起こしたいものと思います。


ご参考まで
主人公ルイス・ゼッペリーニについて
http://www.youtube.com/watch?v=uzjN9cu-TDc