《No,32》 ナチス、ユダヤ人、そしてイルカ

 待ち合わせの時間調整のため、たまたまクエンティン・タランティーノ監督の映画Inglourious Basterdsを観ました。「キル・ビル」では日本のやくざを描きましたが、今回は第2次世界大戦中のナチスと、アメリカ特殊部隊との戦いです。
http://inglouriousbasterds-movie.com/

 米特殊部隊のリーダーを務めるのはブラッド・ピット。そしてナチスのSS将校を演ずる、オーストリア生まれの俳優クリストフ・ヴォルツの芸達者ぶりは、さすが、カンヌで主演男優賞をとるだけのことあります。日本には生まれようのないタイプの演者であることはたしかです。なぜでしょうか。そのヒントは、共演女優の「聞くのもなんだけれど、アメリカ人って、いったい英語以外に話せる言葉はあるのかしら?」という皮肉な台詞です。
 
 ナチスにしても、対するユダヤ系アメリカ人だけで構成されている米特殊部隊にしても、その残虐性にかけては、十分「地獄のバスタード」のタイトルにふさわしい内容となっています。私も上映中、何度も目を覆ってしまうシーンが出てきます。タランティーノ監督お得意の、画面にグラフィックを重ねるお馴染みの技法も洒脱です。

 会場では観客がこの作品をエンターテインメントとして楽しんでいる様子が、十分感じられました。極悪非道に描かれたドイツ人も、ユダヤ人も、だからと言って2009年現在、今さら娯楽映画に目くじらを立てる野暮はいないでしょう。現に、親しいユダヤ系アメリカ人夫妻に感想を聞いたところ、「人物、ストーリー、刺激的な会話、視覚的効果、すべて他のタランティーノの作品と同様、楽しんだよ」とのことでした。でも、これが、もし戦時中の日本兵の残虐性が描かれている映画だとしたら、どうでしょう――と、考え込んでしまいました。
 
 というのも、DCでも上映中だったドキュメンタリー映画「The Cove」が、ちょっとした現象を起こしています。これは、日本の和歌山県太治町で行われているイルカ漁が、いかに残酷なものか描かれているものです。ナショナル・ジオグラフィックのキャメラマンが撮影した美しい映像だけに、8月初頭のサンダンス映画祭でも受賞し、このままでいけばアカデミー賞受賞も射程にあるとのことです。

 最初はポスターの真っ青な海のなか、イルカと一緒に泳ぐダイバーの姿に魅かれ、切符を買った人もいるでしょう。あるいは、確信的に内容を知って劇場に向かう人もいるでしょう。しかし、映画後半のイルカが虐殺され、海が真っ赤に染まるあたりから、劇場内には泣き出す人もでてきます。これを観終わった人は、きっと日本人全員が嫌いになるでしょう。

 私たちのオフィスには、膨大な量の抗議の電子メールが届きます。2週間で2万件以上となりました。電話もたくさんかかってきます。「日本の文化が好きだったけれど、こんな残虐な日本人たちがいるなんて、許せない。もう、日本製品は買わない」と言って、電話を切る人たち……。
 
 製作者側の隠しカメラをしかけて撮影するやり方は、たしかに卑劣です。ただ、21世紀の現代社会、しかも日本はその豊かな文化を自慢できる先進国として、こういうイルカ漁をしていること自体、やはりあまり誇れることではないと、私は感じています。そう感じている日本人もたくさんいるはずですが、同時に他国にとやかく言われる筋合いではないと思う人もいるのです。きっとこういうことが、日本にいるときにはよく分からなかった、国内と海外の現場との「温度差」ということでしょうか。
パブリック・ディプロマシー(対市民外交)を考えるときに、赴任地の現地の人に向かっての発信もありますが、自分の国の世論に向かっての“外交”に知恵を絞らなくてはならない、というのも、また事実なんだろうな実感している夏休み最終日でした。