《No.33》私の夏休み課題図書

 ワシントン・ポスト紙の外交担当編集委員のジム・ホグランド夫人、ジェーン・スタントン・ヒッチコックの小説Mortal Friends(「不倶戴天の友」とでも訳しましょうか)がこの初夏に出版されました。彼女はすでにNYを舞台とした小説を数冊発表しており、今回は初めてのワシントンDCを設定としたものです。本の献辞にも、「私をワシントンに連れてきてくれたジムへ」となっています。出版記念パーティがあり社交界で大きな話題となったときに、私も夏休みに読もうと思っていたものです。

町の本屋にでかけてもなかなか見つからなかったので、アマゾンで購入したのですが、届いた本をみてびっくり。総ページ566もの厚さです。これは大変と思っていたら、何と、老眼用に活字が大きい版を購入したことに気がつきました。結構これは、名実ともにありがたいのです。すいすいとページをめくっていく快感は、まるで自分の英語読解力が進歩したためかという誤解も楽しめるのです。

会話が中心の読みやすい内容なのですが、なにしろ、この街ワシントン特有の政治的な人間模様と、実際に存在する文化機関や、現実に起きた事件ではないか、と思わせる部分もかなりあって、街の事情通にはなんとも楽しめる作品となっています。数年前に話題となった連続殺人事件をたて軸に、そして作家自身がTVのインタビューで語っていたように、実はこの街ワシントンを陰で操っているのは女性であるというメッセージがあり、女同士の友情が横軸として話は進んでいきます。

 主人公の名はRevenで、ジョージタウンでアンティーク店を経営している女性。変わった名前は、両親が予想外に生まれてきたために、まさか(Never)!ということで、それを反対から読んでReven. なんとも人を食った命名です。

ケネディ・センターはポトマック川畔にそびえたつ白い舞台芸術の殿堂ですが、ここを舞台に、巨額の寄付をする女性慈善家と経営者側の駆け引きが、ひとつの山場となっています。ここは連邦政府が建立した劇場であるだけに、年間予算も、寄付も議会の承認を得なくてはなりません。そういった事情を盾に、フィランソロピーという名のもと、自分の売名行為として寄付制度を悪用する新興金持ちの実態などが、小説を通して学ぶこともできます。

また、これは実存の人物ではないかしら、と思わせるような登場人物も数々現れます。たとえば、ケネディ・センター館長マイケル・カイザーならぬ、カイル・マイケルズ。同センターの芸術監督で指揮者であったマエストロ・レナード・スラトキンも、レオニード・スロボキンとして登場します。また実際に、当地の社交界の花形でもあるクウェート大使夫人も、“オタニ国”大使夫人ヌーリア・サハラとして登場しています。どこまでが事実でどこから虚構なのか、読者に勘ぐらせる工夫も心憎いほどです。果たして、実存のご本人たちは、どのような気分で読んでいるのでしょうか。

 主要登場人物のひとり、主人公のRevenが情報提供者として一緒に動く、ニヒルなアフリカ系米国人刑事のガナーの愛読書が、宮本武蔵の『五輪書』なのには驚きました。この本からの引用があちこちに出てきますが、故に、ガナーはサムライとも呼ばれている設定です。

 先般、サンフランシスコのアジア美術館で開催中の細川家所蔵の美術工芸品が出品された「サムライ」展を見ましたが、これも展示場の構成が、第2部は「宮本武蔵」なっていました。

 出品されていた五輪書

 ミュージアムショップでも、関連本や漫画本まで各種とりそろえてあり、かくもアメリカで、サムライ・武蔵は人気なのかと認識を新たにしました。が、そのヒントはこの小説のなかにも書かれていました。1980年代、アメリカの主要な大企業のCEOたちが、経営指南書よろしく競って読んでいたのが、この『五輪書』だったということなのです。ということで、クールなサムライは、世代と社会階層を越えて人気があることを確認した、夏休みの乱読でした。

(注)ジム・ホグランドの最新記事(9月6日付け)は、日本の政権交代についてです。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/09/04/AR2009090402969.html

DC Grapevine No. 33 (September/09) by Misako Ito