《No.34》日本のファッションが注目される理由

アメリカ広しと言えども、織物を専門とする美術館は、ここワシントンDCにあるテキスタイル美術館(The Textile Museum)だけということです。鎮痛剤の「バファリン」で、日本人にもなじみの深い医薬品会社ブリストル・マイヤーズ社創設者のひとり、ジョージ・ヒューイット・マイヤーズさんの個人の絨毯コレクションから始まった美術館です。

ワシントンでも、別名エンバシー・ロウと呼ばれる大使館街があるマサチューセッツ通りから、一本住宅街に入ったところに、この美術館はあります。もともとマイヤーズ氏の私邸として建てられたこの建物が、テキスタイル専門の美術館となったのは1925年のこと。マイヤーズさんが、アメリカと西欧の織物は除外し、その他の地域のものを集めるという方針を決めたために、現在もその所蔵品は、東半球と西半球という大きな地域的なくくりによってカテゴリー化されています。約335種の織物1万8千点にのぼる収蔵品と、繊維に関する文献ばかりが収集された図書館が併設されています。

ここの東半球部門のキュレーターをつとめるリー・タルボットさんはもともと朝鮮半島の織物の専門家で、ソウル留学経験者でもあります。そのリーさんとは、かねてよりさまざま情報交換をしており、私たちの広報文化センターで日本人藍染作家の展覧会をしたときに、その作品を美術館に収蔵してもらうなどのご縁に結びつけることができました。

さて、この美術館で先週末から始まったのが、「現代日本のファッション展―メアリー・バスケット・コレクションより」という三宅一生、山本耀司、川久保玲の作品展です。ここでも、ファッションとしての衣装展を企画するのは初めてとのこと。しかもユニークなのは、実際にこれを日常に着用していたアメリカ人女性のワードローブからそのまま出てきたものを、展覧会にする、という企画なのです。

考えてみれば、美術展を企画するのに、こんなすばらしいアイデアはありません。昨今、どこの美術館も企画展のために全世界から重要な作品を集めてくるための搬入費・保険料が工面できずに、自分の美術館の収蔵品を見直していかに目新しい企画を出せるか、といういわば知恵の出し合いになっているとのことです。一人のコレクター、しかも実際に身に着けていたものをそのままアートとして展示するというは、デザイナーの力量あってのことだけに、それが日本人のそれで始まったこと自体が、すばらしいことです。

このメアリー・バスケットさん、中西部シンシナティ在住で、かつて美術館で版画のキュレーターをしており、その後、独立して日本の現代アートのディーラーとして活躍されています。80年代から、身に着用するものはすべて、日本のブランドと決めており、しかもパリ・コレの時期にわざわざパリで購入するという念の入りようなのです。

今朝のワシントン・ポスト紙でも記事に取り上げられているように、「いったいどこにこういった衣装を着ていくのか」という疑問に、メアリーさんの「どこにでも!」と答えられるその心眼とセンスに感服しました。つまり、何が選択されたかという目に見える結果ではなく、何をどのように選んでいくか、行為そのものが重要であり、それこそがファッションの主張なのです。

私もよくアメリカ人に「日本人のデザイン力が、世界で評価されている理由はなんでしょう?」と質問されますが、その答えはこういうところにあるのかもしれません。

ワシントン・ポスト紙の記事
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/23/AR2009102300167.html