《No.36》 世界一多く映画祭を開催している街で

 ワシントンDC市内の人口、約60万人弱――大国の首都ながら、とても小さな街です。ただ、ポトマック川をはさんだバージニア州北部、またDCとは陸続きでボルティモア近郊まで延びる通勤圏を含む、いわゆるワシントン・メトロポリタン圏とすると、人口も800万人に達する大きな地域となります。

 このメトロポリタン圏ですが、実は全米でも第3位の映画・メディア産業経済圏となるそうです。映画のみならず、ケーブルTVやニュース映像の製作会社、コンピュータ・ゲーム開発会社やアニメ制作会社など、映像にまつわる商業的活動をしている組織を拾っていくと、政治の街・ワシントンDCとして理解している向きには意外な結果だと思います。
 
 これは住人にとっても意外な数字なようでして、たとえばこの圏内では年間58件もの映画祭が開催されており、これを人口一人あたりで計算すると、その数たるや、全米どころか世界一の頻度とのことです。たいてい1週間から2週間続くのが映画祭とすれば、毎週何か映画祭が開催されいている計算になるわけです。http://dcfilm.org/support/

 当地のAFI(American Film Institute) Silver Theatre and Cultural Centerで、2週間にわたって開催された第22回欧州共同体映画祭(25カ国39作品が参加)もそんなひとつです。11月5日のオープニングでは、駐米EU代表部の代表であるギリシャの外交官が挨拶をして、スウェーデン・デンマーク・ドイツ合作作品「マンモス」で開幕しました。
http://www.afi.com/silver/new/nowplaying/EUshowcase/default.aspx

 AFIは1967年、米国の主要産業である映画の保護・育成のために全米芸術基金(NEA)やフォード財団等の拠出により、ロサンゼルスで設立された文化教育機関です。その東部唯一の拠点として、ここワシントンDC郊外メリーランド州シルバー・スプリングにできたのが、通称AFIシルバーと呼ばれるこの劇場で、最新の映写技術を備えた劇場と教育センターをかかえています

 今回の欧州連合映画祭の出品作品のひとつとして、人知れず、日本にも関連する作品がありました。独・仏・中合作の映画「ジョン・ラーベ」で、私もさっそく見てきました。ジーメンス社南京事務所長を務め、「中国のシンドラー」とも呼ばれたジョン・ラーベ氏の日記The Good Man of Nanking: The Diaries of John Rabe (1997年発刊、邦題は『南京の真実』)に基づいて制作された作品です。今年2月にベルリン国際映画祭で初公開され、また、4月には、ドイツや中国でも劇場公開されている作品です。

 日本人俳優の香川照之(朝香宮鳩彦公・役)や柄本明(陸軍大将松井石根・役)も起用されているるものの、日本国内では配給会社が決まらず、公開されていないと聞いています。

 いわゆる南京虐殺関連の内容ですから、正直なところ、この映画を見に行くとき、中国系アメリカ人観客が多く鑑賞に来ているかもしれない、という不安がありました。が、これはまったくの杞憂で、200人収容の会場に観客は50名程度、アジア系は会場を見回しても私ひとりでした。

 映画が始まると、長年、中国に暮らすドイツ人ラーベ氏も、中国人相手に生活するのは厄介なことだと、ユーモアたっぷりに愚痴る場面もあって、笑いが会場から聞こえてきました。が、そのうち、日本軍の残酷無比なる所業が描かれ始めると、会場は重苦しい雰囲気に包まれました。知識の無い一般米国人が鑑賞すれば、必ずや日本人総体として、嫌いになるだろうなあ、と感じました。エンドロールに、主人公ラーベ氏のドイツ帰国後の足跡が文章で淡々と紹介され、その後「いまだに日本政府から正式の謝罪が無いままになっている」という一文が写し出され、映画は終了します。

 私自身、非常に重苦しい気分で会場を後にしました。よほど私の姿がしょげ返っていたのでしょう、同行してくれた欧州人の友人曰く、「ドイツもアメリカ政府も、謝罪にかけてはうまく立ち振る舞っているから、この点では、日本人の生真面目さがうまく作用していないね」と、慰めてくれたほどでした。

 さて、翌日、週末のニューヨークタイムズ紙に目を通していたら、イッセー尾形が昭和天皇を演じたロシア映画「太陽」(2005年)が、いよいよNYで劇場公開されるという記事を目にしました。そして発表から4年後に、ここアメリカで上映されることの意味とは何だろう、と考えなおしたものです。

 ちなみに、今回の映画「ジョン・ラーベ」ですが、AFIシルバー映画担当プログラマーのヒッチコック氏に問い合わせたところ、アメリカにおける劇場公開は、カリフォルニア州に本部があり、中国系米国人によって創立された小さな配給会社によって、2010年上映される予定だが、その劇場数はきわめて限られたものになる見込みだよ、と、これまた日本人の私に対する遠慮がそうさせるのか、何か秘密を教えてくれるように、つぶやいてくれたのでした。